Seize the day

悟りの境地で鬼ダンス

あなたへ

ぼくの言葉はきっとあなたに正しく伝わることはありません。
でもそれはいつだって誰だってそうで、実感を正しくそのまま伝えることのできる手段のないことは、ぼくにとって、もどかしいのと息苦しいのと悲しいのが幾重にもおりかさなった束のなかに沈んでいくようでございます。


ぼくの目の前には山があって、目をとじれば海があって、すうっと記憶の糸をたどれば海やら山やら何やらを、よいとかよくないとか、そう思う実感があって、それで充分であるはずなのに、どうして至るところに言葉というものは隠れていて、ぼくを困らせるのでございましょう。
生まれたときからなんとなくぼくは、ああ、言葉というものは死ぬまでずっとついてくるのだなあ、と気づいておりました。ぼくの周りの人々は口の周りをぐしょぐしょ濡らして饒舌、無責任な言葉を不意にひたすらにぼくにぶつけました。誰かが笑って、怒って、あるいはひとつの恋の萌芽、言葉がはじまるとき、彼らの言葉は放たれた瞬間に固くて重い塊。そのときからその不完全な言葉はどこまでも果てしなく続くのです。
形を変えながら、ぼくの頭に寄生、死ぬまで寄り添う。父親の言葉も母親の言葉もあなたの言葉も、ぼくの頭に住み着いて、いつまでも。


どうして言葉はこんなにも不自由なのに、生まれて来たのでございましょうか。
どうしてぼくはこんなにも辛いのに、生まれて来たのでございましょうか。
生きても生きても言葉ばかりがついてまわって、ぼくはどうしても苦しいのでございます。
それでも、うまれる、が生まれて、ぼく、が生まれて、実感、が生まれて、言葉、が生まれて、記憶、が生まれて、生まれて生まれて、ぼく、が埋もれる。


ぼくは何をしておるのでしょう。


こうしていままでずっと生きて、そうしていま窓の外の森が冬の先端にチクチク突き刺されて揺れる、のを見ていると、ふるさと、愛媛の海を思い出します。あの灰色の海もやたらに揺れておりました。何万年も前から、生き物の実感がフヤフヤに溶けるほど長い間揺れておったのでございます。あるいはぼくが揺れていたからそう見えたのかもしれません。


そう考えるにつけて、ぼくの言葉だけを死なせてしまいたい、そうしてあの冬の先端のように、灰色の海のように、ぼくも何かを揺らして揺れて生きていきたい、生きたい、と思うのでございます。


先日あなたの頬の紅がふっと思い出されました。
あなた、あなたはお元気ですか。

海は揺れていますか。




2015/03/14 royalpain

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